2018年6月21日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

「見える警備」で「見える安心」を
‐新幹線車内殺傷事件に思う‐

  「安全と水はタダだと思っている」。わが日本国民がそんなふうに言われた時期もあったが、さすがにいま、それはなさそうだ。とはいえ、安全には応分のコストがかかるという意識はまだまだ低いのではないか。

  「だれでもいい」とナタで襲いかかった男に立ち向かった男性の尊い命が奪われた新幹線車内殺傷事件。私も考えをコメントさせていただく一方、ほかの方の意見も聞かせてもらった。

  はっきり言って首をかしげるものも多かった。事件のとき、車掌が指示したようにイスの座面を外して立ち向かうのも1つの方法だ。だが大人が防御すれば、犯人は子どもや赤ちゃんに向かう。サスマタや警棒などの武器を常備したらどうかという意見もあったが、だれが管理するのか。凶悪犯の手に渡ったらより危険だ。

  航空機並みの保安検査という発言も多いが、何十カ所もあるターミナルの改札、乗り換え口に金属探知機と手荷物検査場を設置したら大混乱必至だ。こだま停車駅の設置を含めて東海道新幹線だけでも費用は膨大だし、保安要員は数千人が必要だ。実現不可能なことを口にしているとしか思えない。

  私は一貫して「見える警備」を主張しているのだが、みなさんの考えはいかがだろうか。JR東海も事件を受けてスマホで乗務員と会話ができる警乗員の増員を決めたが、はっきり言って中途半端だ。私は特殊警棒携帯、防弾、防刃ベスト着用のガードマンを全列車に乗務させたらとあちこちで発言している。2人1組、制服姿のガードマンが1号車からと、16号からに分かれて車内を巡回する。

  車掌は車内放送で、「この列車には2人のガードマンが警乗しています。常時車内を巡回し、緊急時には駆けつけます」とアナウンスするのだ。要人警護のSPが派手な動きでテロリストを近づけさせないのと同じように「見える警備」で犯行を抑え込むのだ。

  東海道新幹線は最繁忙期で上下433本。ガードマン1組が1日1乗務しかしないとしても人員は900人ほど。人件費は多くて約3000万円。1日50億円を売り上げるJR東海が出せないお金ではないはずだ。

  何より、何分か置きに必ずガードマンが巡回してくれる。乗客が求めているのは、眠っていても、見える安心、見える安全なのだ。

(2018年6月20日掲載)

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2018年6月14日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

犯罪被害者の思いを引き継ごう
‐「あすの会」18年間の活動に幕‐

  あすの会の「あす」の意味合いをしみじみと感じた1日だった。先日、「全国犯罪被害者の会」(あすの会)が東京で最終大会を開き、18年間の活動に幕を閉じた。

  山口県光市母子殺害事件の本村洋さん、神戸連続児童殺傷事件の土師守さん、桶川ストーカー殺人の猪野京子さん。お目にかかった被害者ご遺族は、私の事件取材の歴史でもあった。大会に先立って東海テレビ(名古屋)の取材で、会の幹事をされている土師さんにじっくりお話をうかがった。

  「いろいろあるけど、平穏で幸せな生活をしている人」がある日、悲しみの底に突き落とされる犯罪被害。土師さんの次男、淳君が事件に遭った当時、遺族は少年審判の傍聴はもちろん、処分内容さえ教えてもらえなかった。被害者は被告を有罪にするための「証拠の1つ」でしかなかったのだ。

  だが、会の活動で「犯罪被害者等基本法」という大きな成果も得られた。被害者は法廷のバーを越え、意見陳述どころか、被告に求刑することもできるようになった。犯罪被害者に対する給付金や後遺症に苦しむ人への医療費も、十分とは言えないまでも拡充してきた。会の趣旨に沿った自治体の支援センターも各地にできてきた。それらが会の解散の大きな理由だという。

  だが、手にしたこれらの権利は、すでに被害者となっている土師さんたち会員がその恩恵に浴することはない。あす被害に遭うかもしれない、事件から一番近い人たちが、事件から一番遠くに追いやられることがないように、すべてはあすからのためにあるという。

  だけど、犯罪被害者遺族は、いま新たな問題に突き当たっている。土師さん自身、事件から20年近くたって当時少年だった加害者が遺族の心を逆なでする本を出版、それがベストセラーになった。大きな事件が起きるたびに加害者どころか、被害者やその家族の悲しみに追い打ちをかける情報がネット上にあふれる。だからといって出版やSNSを規制すべきとは思わない。社会に「それはやってはいけない」「それはやめようよ」という風土が育っていってほしいという。

 あすの会のバトンをみんなが、「いろいろあるけど、平穏で幸せな生活をしている」私たちの社会が、引き継ぐときなのだ。

(2018年6月12日掲載)

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2018年6月 7日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

異常性癖と犯罪歴にがく然
‐津山市小3殺害‐

  発生から少しあとになったが、岡山県津山市を訪ねる機会があって事件の概要を取材させてもらった。女の子は学校から帰宅直後に襲われ、首を絞められて刃物で胸などを刺されていた。だが、高校生の姉が帰宅して発見するまで付近で不審者の目撃情報もなく、物証も乏しかったことから捜査は難航。その一方、市内のあちこちに手がかりを求めるポスターが貼られ、市民の事件に対する思いがひしひしと伝わってきた。

  事件から14年、岡山県警は04年9月、小学3年だった筒塩侑子さん(当時9歳)を殺害した容疑で岡山刑務所に服役中の勝田州彦容疑者(39)を逮捕した。だが事件解決にほっとする一方で、容疑者の異常性癖と犯罪歴にがく然としたのは私だけではないはずだ。

  勝田容疑者は15年、兵庫県姫路市で女子中学生を民家の塀に押しつけてナイフで刺した殺人未遂事件で服役中だった。刑期は10年。だが、それ以前の00年、明石市で小学生ら女児数人に暴行。津山の事件後の09年にも姫路市で少女5人に傷害を負わせて懲役4年の判決を受けて服役していた。

  中学生のころから自分の腹を刺す自傷行為を繰り返し、医師に止められると、その後は少女を狙い、過去の事件では「少女のシャツが血に染まるのを見たかった」。また津山の事件では「苦しむ様子が見たくて首を絞めた」と供述している。

  刑務所内で性犯罪者処遇プログラムを受けたこともあったが、出所するとまた女子中学生を襲っていた。そんな犯罪者が、今回の津山の事件が発覚しなかったら、40代後半で間違いなく社会に舞い戻ってくるのだ。

  もちろん罪を償った人に過去は問えない。だけど、これでは私たちの社会は無防備な少女の群れにオオカミを放っているようなものではないか。異常性癖者に対する厳しい処遇と通学路の安全確保。それをないがしろにして少女の安全はあり得ない。毎年のように、この子たちが元気だったころの歌声やお遊戯のビデオに、涙を流していてどうするんだ。

  勝田容疑者の自宅のある兵庫県加古川市では07年10月16日夕、公園から自転車で自宅に帰ってきた小学2年の鵜瀬柚希さん(当時7歳)が玄関近くで刃物で腹部を2カ所刺されて殺害された。発生から10年余り、事件は未解決のままである。

(2018年6月5日掲載)

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2018年6月 1日 (金)

Webコラム 吉富有治

2度目の住民投票が延期に このまま自然消滅というシナリオも

  政令市である大阪市を廃止して、代わりに複数の特別区を設置する、いわゆる「大阪都構想」。その是非を問う住民投票は2015年5月17日に実施され、反対票が賛成票を僅差で上回ったことで都構想は頓挫した。だが、2015年11月の大阪府知事選、市長選のダブル選挙で大阪維新の会が圧勝したことで、頓挫したはずの都構想はふたたび息を吹き返し、早ければ今年の9月には2度目の住民投票が開かれる予定だった。

  ところが、大阪維新の会は5月31日に開いた党の会議で、都構想を設計する大阪府市・法定協議会で「十分な議論が尽くされていない」ことを理由に正式に延期を決定した。

  ただし、住民投票を延期する理由は維新が言うように、必ずしも「十分な議論が尽くされていない」からではない。そもそも前回の住民投票でも十分な議論を尽くしたとは言えず、大阪市民に中途半端な情報しか与えないまま半ば強引に実施し、その結果、市民感情を賛成派と反対派に二分するような事態を招いてしまった。政令市を廃止するかどうかの重要なテーマを扱うのなら、半年や1年くらいの議論で十分なわけがない。

  維新が住民投票を延期した本当の理由は3つあると思っている。1つは、以前に比べて大阪市民の関心が低いことである。

  今年4月にNHKが実施した都構想に関する世論調査によれば、都構想に賛成する大阪市民は28%なのに対して、公明党が提唱する総合区と都構想に反対する市民は42%もいた。つまり、大阪市の行政区の改革も、また市の廃止も望まず現状維持を求める声が圧倒的に多かったのだ。

  この調子では、都構想に興味も関心もない大阪市民を対象に住民投票を実施したところで反対多数になることは目に見えている。勝ち目がないなら、やらないほうがいい。維新がこう判断しても不思議ではない。

  2つ目の理由は、維新の内部にも住民投票の延期を求める声が強かったからである。特に、維新の会大阪市議団から先送りを求める声が強い。大阪市は廃止される対象で、回り回って、自分たちも議員の身分を失うからだろう。

  2011年4月の住民投票で「橋下チルドレン」と呼ばれた多くの地方議員が誕生してから、来年で丸8年を迎えようとしている。その間、大阪維新の会は大阪府議会と大阪市議会で第一党の地位を築き、もはや押しも押されもせぬ立派な既成政党になった。チルドレンたちもベテラン議員に成長し、議員バッチを付けることに慣れてきた。

  ところが、維新にとって「一丁目一番地」の最重要政策である都構想が否定されると、維新の存在まで否定され、自分たち議員の身分まで危うくなる。「身を切る改革」を訴える維新議員たちだが、本音では現在のポジションにとどまりたいようである。

  そして最後の理由が公明党だ。大阪維新の会は府議会と市議会で第一党とはいえ、維新だけでは単独過半数に満たない。そのため住民投票の実施には公明党の協力が不可欠である。ところが、その公明党が今年の住民投票実施に慎重な姿勢を見せたため、維新も諦めざるを得なかったのだ。

  もっとも、公明党の大阪府議、大阪市議たちの大半は都構想に反対で、本音では住民投票などやりたくもない。このままずるずると延長が続き、住民投票が自然消滅することを望んでいるようなのだ。その伏線は法定協議会でも散見された。

  法定協議会を事務方としてサポートする大阪府・市の職員が、都構想の財政シミュレーションを法定協議会に出しきても、公明党の議員たちはその都度、細かい点を突いてくる。挙げ句、「これでは納得できない」と突き返す場面も多々見られた。

  こんな調子のまま法定協議会が進めば、それだけで1年や2年経っても議論は煮詰まらない。おそらく公明党の狙いは、維新が住民投票延期の理由に掲げた「十分な議論が尽くされていない」状態を延々と繰り返すことではないのか。

  ただ、維新の会も指を加えて黙って見過ごすとも思えない。前回の住民投票では、当初は住民投票に反対していた公明党の態度をひっくり返すために菅義偉官房長官に泣きつき、支持母体の創価学会から公明党へ圧力をかけたことがあった。維新は今度も同じ手を使うことは十分に考えられる。

  だが、2015年の当時と違って、モリカケ問題などで内閣支持率が下がり続ける安倍晋三政権にかつての勢いはない。また、安倍首相も今年4月に来阪した際、自民党の国会議員や府議、市議たちの前で「都構想には反対する」と言い切った。維新が裏で手を回して公明党を揺さぶることは難しいだろう。

  以上のことから様々な情勢から見て、最終的に住民投票は開かれないのではないかと私は予想している。

  しかし、それでいい。来年のG20サミット首脳会議や2025年の大阪万博など、大阪には課題が山積みだ。貴重な税金と時間を使って無駄な議論をするよりも、眼の前の問題を片付けることが先決だろう。大阪市民の多くもそれを望んでいるはずである。

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2018年5月31日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

スポーツに「法律」が入る日がくるかも
‐日大アメフト部の悪質タックル問題‐

  日大アメフト部の悪質タックル問題。事件記者生活が長かったこともあって、事件になる可能性についてコメントを求められることが多い。

  結論から先に言うと、私は内田正人前監督や井上奨前コーチに厳しい刑事処分が科されるべきだと考えているし、いまの流れはそうなりつつある。その根拠は─。

  当初、警視庁はこの問題の立件に慎重だった。だがその流れを一気に変えたのが、加害者の日大アメフト部員とその翌日夜の日大前監督、コーチ、ふたつの記者会見だった。言うまでもなくスポーツのプレーで起きるけがは「正当な業務は罰しない」とした刑法35条に当たり、警視庁もそこを重視していた。だが日大アメフト部員は会見で自分の弱さを認めたうえで、井上コーチから「相手のQBがけがをして秋の試合に出られなくなったら、こっちの得だろ」と言われたことを素直に告白した。

  そうなるとこれはプレー中の正当な行為とは180度違う。スポーツの中で起きたことではなく、スポーツの中に6カ月先を見据えた計画的傷害事件を潜り込ませたのだ。当然、捜査当局はこの告白に対する前監督、コーチの言動を注視した。

  ところが翌日夜、急きょ記者を集めた会見で前監督は「指示はしていない」。コーチも「つぶしてこいとは言ったが、それは闘志を出してやれという思いだった」「QBをつぶせは、けがをさせることが目的ではない」と、ともに全面否認。そのうえで、あらかじめ用意していたと思われる日大病院の病棟に直行してしまった。

  こうなると、かかっている嫌疑を全面否定したうえに口裏合わせ、真実を証言しようとする人に対する威迫、証拠隠滅。さらには過去の政界事件のように入院を理由に任意捜査に応じない事態も十分に考えられる。

  こうした緊迫した事態に私たち報道関係の間では、警視庁はそう時をおくことなく、一気に動くのではないかという観測が飛び交っている。ルールとマナーのみによって支えられてきたスポーツに、ついに「法律」が入る日がやってくるかもしれない。もちろん裁判所の判断を仰ぐのもよし。

  だが、グランウンドで、ピッチで、リングで起きるすべてを愛する私たちとって、これが「最後の事件」であることを願うばかりだ。

(2018年5月29日掲載)

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2018年5月24日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

「情けない! もっと戦え!」
‐頼れる兄貴岸井さん最期の言葉‐

  またひとり、頼りになる兄貴というか、心強い仲間が逝ってしまった。毎日新聞特別編集委員の岸井成格(しげただ)さんが15日、亡くなられた。

  私より1つ上、73歳だった。毎日と読売、それに政治部と社会部という違いもあって、テレビ出演で同じテーブルにつくことはめったになかったが、まるで定番のようにお目にかかる機会があった。

  ジャーナリストや作家、学者の緊急アピールや抗議声明。プレスセンターや外国特派員協会での記者会見。安倍政権になってそれが急激に増えたような気がする。そうしたとき声明文を読み上げるのは、筑紫哲也さん亡きあとは岸井さんの役目。いつもはお酒好き、愛嬌のある笑顔の岸井さんが、その場面では射るような視線を会場に送っていた。

  最後になったのは、昨年4月27日の参院議員会館での「テロ等準備罪」という名の共謀罪法案に反対する記者会見。そのとき私たちの間でちょっとした議論があった。記者に配布する声明文に「もう遅きに失したかもしれませんが…」という文言が入っていたことに、一部の参加者から「早々とあきらめてどうするんだ」という声があがったのだ。一方で文案を作った人たちは「政治の現実をきちんと見ようじゃないか」と反論。

  答えが出ないまま、読み上げをまかされた岸井さんは声明文がそのくだりにさしかかると、このころすでに弱くなっていた声を振り絞って「もう遅きに失した…の一文は全面削除、カットします!」と言い放ったのだ。一瞬静まる会見場。結果としてそれから2カ月もたたずに法案は強行採決されるのだが、岸井さんは最後の1分1秒まで闘うと言下に言い放ったのだ。

  訃報の載った毎日の紙面に後輩の与良正男記者が評伝を書いている。最後の出社となった昨年暮れ、岸井さんは与良さんの肩につかまりながら、絞り出すような声で言った。

  〈「情けない!」―。

  民主主義とジャーナリズムの危機を強く感じていたにもかかわらず(中略)その思いを発信できない。無念だったろう。もっと戦いたかったろう。私はぼろぼろ涙をこぼしながら廊下を歩いた…〉

  あとに続く私たちに、岸井さんの最期の言葉は「情けない! もっと戦え!」と聞こえてならない。

  (2018年5月22日掲載)

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2018年5月17日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

スピード解決導いた地道な行動確認
‐新潟小2女児殺害‐

  奈良、広島、栃木、秋田…、登下校中の女の子が殺害された事件は何件も取材してきたが、怒りで足が震えた現場は初めてだ。新潟市西区の小学2年、大桃珠生さん(7)が殺害されたうえ、線路に遺棄された事件は14日急転、新潟県警は近所に住む23歳の会社員を死体遺棄容疑などで逮捕した。

  悲しみの底にいる珠生さんの家族、級友、先生に、新潟県警は事件後1週間というスピード解決で報いてくれた。

  新潟県警が逮捕にこぎ着けた最大の背景は、白い不審な車でもサングラスの男でもなかった。地道に丹念に珠生さんの足取りを追ったことと、徹底した不審者に対する24時間行動確認だった。

  午後3時すぎに学校を出た珠生さんは友だちと別れて3時15分ごろ、幹線道路から人通りの少ない線路脇の道に入っている。自宅まで約400㍍。その間、約200㍍の所で、たとえば、近所のおばさんがピンクの傘を差す珠生さんとすれ違っていた。だけど、そこから自宅までの間は珠生さんと会った人はいない。となれば珠生さんは、この直後に事件に遭ったと推測される。この近所に住む男が容疑者だったとしても、不自然な点は全くなかったのだ。傘も靴も落ちていないことから、強引というより言葉巧みに誘い込まれた可能性が高い。

  その後、珠生さんが人目にふれるのは、変わり果てた遺体となったJR越後線上だ。だが電車にひかれた午後10時29分という時間も重要な手がかりだった。このころ現場周辺では、学校関係者や警察官が「珠生ちゃーん」と叫んで必死の捜索を続けていた。終電まで1時間もあるのに、その時刻、遺体を抱えて線路に近づけば見つかる危険性が高い。だけど犯人は遺体と一緒にいるわけにはいかなかった。この時間には帰宅する家族がいたのではないか。その時間が迫り、ランドセル、靴も一緒に遺棄したのではないか。

  これらのことを見ていくと、白い不審車やサングラスの男といったメディア情報に一切惑わされてこなかった新潟県警の捜査方針が見事に結実したと私は見ている。

  いずれにしても、数年に1度は登下校中の女児が毒牙にかかる。私たちはこんな社会と何とか決別できないものだろうか。

(2018年5月15日掲載)

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2018年5月10日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

歌津の海の兄弟みこしは復興の足音
‐南三陸町 11年ぶり船渡御‐

  おはやしが流れるなか、大漁旗をなびかせて歌津の海を進む2隻の船。それぞれの船におみこしが鎮座している。兄弟船ならぬ、兄弟みこしだ。

  大型連休の後半は東日本大震災の被災地、宮城県南三陸町ですごした。全国的にメイストームとなった4日。だけどまさに神通力、おみこしの船渡御の間、海は五月の陽光に輝いていた。

  先の船のおみこしは震災の翌年2012年3月、静岡県裾野市の三嶋神社から歌津の三嶋神社にお輿入れしたお兄さん。後ろの船のおみこしはこの日、裾野の三嶋神社からやってきた弟分。6年ぶりの兄弟顔合わせとなったのだ。

  津波で壊滅的打撃を受けた南三陸。歌津の三嶋神社のみこしや笛太鼓もみんな流されて、春秋の例祭もできない事態。そのことを救援物資を届けにきて漁師の千葉正海さんから聞いた裾野三嶋神社の氏子の男性が「同じ名前の神社の氏子同士、よし、うちのおみこしを一基、寄贈しましょう」となったのだ。

  こんな太っ腹な話を千葉さんから聞いた私は震災翌年の3月、裾野のおみこしお輿入れの模様をテレビで全国に流させてもらった。このとき、歌津の氏子が裾野のみなさんと交わした約束は「復興のめどがついたら、船渡御の大祭をやります。そのときは、ぜひ弟分のおみこしも一緒に」。

  じつに11年ぶりの船渡御。神主さんが清めの海水をみこしにかける神事。「富士山のふもとしか知らないみこしが三陸の海の水を浴びるとはなあ」。裾野の氏子の笑顔が船上に並ぶ。陸では子どもみこしも復活した。300年続く歌津のみこしは、白装束の担ぎ手が和紙を口に挟んで一切声を出さない独特の習俗。対する裾野のみこしは、ワッショイの掛け声とともに、みこしを宙に舞い上げる勇壮さ。

  復興がなったといっても、歯止めのきかない人口減。猛スピードで進む高齡化。もちろん道半ばだ。だけど伊里前地区では、ご先祖が残してくれた里山を切り開いて、高台に住宅もできた。練り歩くみこしに涙ぐんでいた女性は、「津波で家族が2人減りましたが、孫が3人できて7年前より1人増えました」と、まぶたを拭って笑顔に戻る。

  人々が前を向いて歩く、たしかな足音が聞こえてくるようだった。

(2018年5月8日掲載)

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2018年5月 3日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

終わりつつある「圧力あるのみ」の時代
‐一気に加速、南北有効融和の流れ‐

  先週のビッグニュースは、北朝鮮の首脳として初めて、金正恩委員長が軍事境界線を越えて韓国の文在寅大統領と握手を交わした南北首脳会談だっただろう。合意内容の評価はさまざまだろうが、私はある種の感慨をもって番組でコメントさせてもらった。

  なにしろ、これでもかと言わんばかりの融和友好ムード。民族衣装の栄誉礼に、松の木の記念植樹。土は両国の最高峰から。水は互いの首都を流れる川の水。夕食会には、製麺機まで持ち込んで名物、平壌冷麺がふるまわれたという。

  先に「ある種の感慨」と書いたのには訳がある。私が「よど号」ハイジャック犯の取材で平壌を訪ねたのは1996年秋。もちろん案内役と称して朝鮮労働党のエリート職員が監視役につくことは事前に聞いていたが、このときは5日間、がんじがらめ。というのも、訪問中に南北が一気に戦闘状態に発展しかねない「江陵(カンヌン)潜水艦事件」が起きたのだ。

  韓国内に潜入させていた工作員を収容しにきた北朝鮮の特殊潜水艦が座礁、韓国軍に見つかって工作員は山中に逃亡。2カ月に及ぶ掃討作戦の結果、1人を逮捕、13人を射殺したが、11人は自決。韓国側も軍人や警官計17人が殺害された。

  私はハイジャック犯が聞いていたNHKの国際放送で事件を知ったのだが、もちろん平壌市民は何ひとつ知らされていない。ただ監視役の労働党員は、異常事態であることは聞かされていたようで常にピリピリ。私をお定まりの見学コース、金日成主席生誕の家や博物館、サーカスに案内する間も、市民と接触しないように異様な警戒ぶりだった。

  あれから22年。その間、一部被害者の帰国後はまったく進展のない拉致問題。さらには核実験にミサイル発射。だけど、軍事境界線を越えて南の土を踏んだ金委員長が、今度は文大統領と手をつないで再び境界線をまたいで北の地に。見事な演出に涙を流す韓国国民もいた。

  もちろんこの南北会談の評価は、6月の米朝首脳会談の結果をみなければ定まらない。だけど、一気に加速する友好融和の流れ。

  そんな景色のなかで「圧力あるのみ」「対話のための対話はしない」…の時代は終わりつつある。景色が変わったと感じるのは、私だけだろうか。

(2017年5月1日掲載)

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2018年4月26日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

「いまの時代」言葉の裏にある腹の底
‐セクハラ問題渦中の2人‐

  私が一番おつき合いの長いテレビ局の女性記者が被害にあったセクハラ事件。新聞、テレビからコメントを求められたり、意見を聞かれたり、聞いたり。気持ちの重い週だった。さまざま届いた声の中から、強く心に残ったことをいくつか。

 麻生財務大臣とセクハラ当事者の福田淳一財務事務次官の口から飛び出した同じフレーズ。麻生大臣は「いまの時代、あれはアウトだろうな」。福田次官はセクハラに対する認識の甘さを指摘されて、「なるほど、いまの時代は、そういう感じかな」。

  この「いまの時代」という言葉。身近な女性たちから、なぜ囲み取材の記者たちは、その場で「それが間違っているんだっ」と言わなかったのか、という声がたくさん寄せられた。

  指摘されるまでもなく、「いまの時代」という言葉の裏には「昔の女性はこれくらい我慢した。聞き流した」。「それにくらべていまの女性は、これくらいでも許さない。騒ぎ立てる」という思いがこもっている。こうした男の腹の底こそが、セクハラ被害を出し、これからも出し続けることになるのではないのか。

  そんな思いのなか、このコラムに何度か登場したH君と一夜、グラスを重ねた。H君は40代半ば。光をまっ たく失った全盲。なのに都心で私とさんざん飲んだあと、白いつえ1本を頼りに吉祥寺まで帰る剛の者だ。

  もちろんセクハラなんて、とんでもない。それに弱い立場といっても、女性と障がい者はまったく違うとしながらもH君は「でも、こんなことが続くと、もともと少ないぼくらの友だちがますます減ってしまうんじゃないか、心配なんです」と言う。

  長いおつき合いの中で、私のように酔ってH君の目のことなど忘れてしまう友だちはめったにいない。たまに席を一緒にしても、これを言ったら傷つけるのではないか、差別になるのではないか。見えない目に、席を立ちたい様子が見えてくる。

 「神経を使い合う社会が、ぼくらの世界をもっと狭めているような気がするんです」

  女性も男性もLGBTの人たちも、さらには障害のある人もない人も、気を使い合うことなく暮らしていける社会。むずかしいようで、案外やさしい。いや、やさしそうで、やっぱりむずかしいこのことと、しっかり向き合っていくしかないように思うのだ。

(2018年4月24日掲載)
   

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