2018年9月13日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

府警現場は疲労…幹部が頭下げれば
-大阪北部地震 富田林逃走 台風‐

  6月の大阪北部地震のとき、このコラムに大災害の被災地にはたいてい取材に行っているが、まさか豊中市のわが家が被災地になるとは思っていなかったと書いた。その大阪が今度は台風21号で、私が知る限り、これまでにない大きな被害。そんな恐怖も覚めやらぬまま、北海道で震度7の大地震が起きた。つくづく私たちは災害列島のなかにいることを思い知らされる。

  台風被害で何より困ったのは長時間の停電。台風が駆け抜けた翌日夜、東京から戻るとわが家の一帯は真っ暗。作動しなくなった信号機の下で5人ほどの警察官が赤色灯をかざして懸命に車を誘導。近くに止めた車には交代要員の警官の姿が見えるが、どの顔も疲弊しきっているように見える。

  決して私の気のせいではない。新聞、テレビの記者に聞くと、大阪府警の一線の警察官の疲労と緊張は、ほぼ限界にきているという。西日本豪雨禍の応援派遣がまだ続いていた8月12日、富田林署の留置場から強制性交罪などで勾留中の樋田淳也容疑者(30)が逃走。行方がわからないまま、この台風被害となった。

  その樋田容疑者が逃げ出して、あすでまる1カ月。この間、府警は全警察官2万4000人のうち連日3000人、これまで延べ10万人の一線警察官を動員している。だけど、私が不可解でならないのは、これまでただの1度も府警幹部から府民に向けた説明と協力要請がないことだ。

  逃走翌日に実家付近に現れた、兵庫県尼崎市の知人の自転車に置き手紙をした─。そんな情報を小出しにしていれば、メディアは飛びついてくると思っているかもしれないが、それもせいぜい1カ月。報道量は日増しに減っていく。
 
  ここは幹部が打ちそろってカメラの前でおわびするとともに、空き倉庫やガレージをお持ちの方は、ぜひ見に行ってほしい、コンビニやスーパーなどは、毎日、防犯カメラの映像をチェックして情報を寄せてもらいたい、といった協力を求めるべきではないか。

  自らの失態は自ら解決するという幹部の意地はわからなくはない。だが、ことここに至って880万大阪府民、2100万近畿圏のみなさんの目と耳をぜひ貸してほしいと頭を下げるのは、決して恥ずかしいことではないと思うのだ。

(2018年9月11日掲載)

|

2018年9月 8日 (土)

緊急Webコラム 吉富有治

知事失格!
台風被害がまだ残る大阪を離れ沖縄県知事選に首を突っ込む松井知事 

  猛烈な勢力を持った台風21号は4日昼ごろ、徳島県南部に上陸し、その後は全国各地に大きな傷跡を残して過ぎ去った。

  特に大阪の被害は深刻だった。府内南部では強烈な暴風雨で電柱が根こそぎ倒れ、飛んできた瓦や屋根が電線を切断し、台風翌日の5日午前9時の段階で、関西電力の管内では約218万3000軒で停電が発生した。関西国際空港では高潮の影響で滑走路や空港建物の一部に海水が入り込み、空港機能は完全に停止。タンカーが連絡橋にぶつかったことで、空港内では6日未明まで職員と利用客の約8000人が取り残されていた。

  かつてない規模の台風被害に遭った大阪府では、今も府庁や府内の各自治体の職員が、また大阪府議や府内43市町村の市議、町議らが政党を問わず住民のために必死に走り回っている。

  ところが、行政職員や議員が台風被害の状況把握とトラブル解決に奔走する一方で、なにをやっているのかまったく不明な行政トップがいたから驚いた。大阪府の松井一郎府知事である。

  府議会関係者の話によると、大阪に台風が襲った4日午後から松井知事の動きがまったく見えず、知事が指揮を執る災害対策本部も立ち上がらなかったという。また、いつもは饒舌なツイッターも、なぜか台風の間は沈黙。台風が過ぎ去った後の最初のツイートは、共産党批判と平松邦夫前大阪市長への罵倒という有り様だ。一部の自治体では、停電や断水に関する情報を市長がツイッターでこまめに伝えているのに、大阪府のトップが緊急時に何一つ情報を伝えないのは異常だろう。

  だが、驚くのはこれだけではない。7日午後15時47分に流れた産経新聞ネット版には、松井知事が大阪府内ではなく、なんと沖縄県那覇市にいることを報じていた。記事では、自民党の総裁選に触れた松井知事が「『もう消化試合の状況になっている』と評した。那覇市で記者団に語った」と書かれていたのだ。

  7日午後9時現在、府内では停電が続く世帯がまだ5万6000軒以上もあり、関空の機能も完全には戻っておらず、じわじわと関西経済や私たちの生活にも影響が出始めている。大阪府では8日昼までは大雨による土砂災害への警報も出ているのだ。それなのに大阪府の最高責任者が大阪を留守にし、沖縄に飛んでいるとすれば、これは知事として職務放棄にも等しい行為ではないのか。 

  なぜ那覇なのか。わが目を疑った私は、念のため取材先の国会議員や府議、また府政記者に確認を取ったが、誰も「知らない」「沖縄? まさか」と口をそろえ、中には絶句した議員までいた。私も当初、産経の記事は誤報ではないのかとさえ思ったほどである。だが、事実だった。松井知事は7日の午後、那覇市にいたのである。

  9月30日投開票の沖縄県知事選挙に立候補する予定の佐喜真淳氏(54)陣営の関係者に確認したところ、松井知事は佐喜真氏の事務所「沖縄県の未来をひらく県民の会」を訪れ、午後2時から日本維新の会の推薦状を手渡していたのだ。

  松井知事は大阪府知事と日本維新の会代表の2つの顔を持つ。理屈の上では、府知事の公務が終われば維新の代表としての政務に励むのは自由である。この日も維新の代表として那覇市に行ったのだろう。

  しかし、だ。府内には台風被害の爪あとがまだまだ残っているこの時期に、いくらなんでも大阪府知事より維新代表の仕事を優先していいわけがない。維新の府議、市議だって住民のために奔走している。推薦状を手渡すなら馬場伸幸幹事長が代行できたはずだ。政治家として目を向けなければならないのは沖縄知事選ではなく、今は府民の安全と生活を守ることだろう。松井知事はいったい、どこを見て仕事をしているのだろうか。

  また松井知事は6日、関空の機能がマヒしたことで、大阪国際空港(伊丹空港)と神戸空港を関空の受け入れ先にしたいと政府に要望した。だが、過去の言動を振り返ればこれは奇妙でしかない。

  そもそも橋下徹前府知事は2008年、伊丹空港の廃止を訴え、2010年4月に大阪維新の会が立ち上がってからも同会は伊丹空港廃止をぶち上げていた。その後、民主党政権の下で伊丹と関空は経営統合されたが、その原因は維新が伊丹廃止を訴えたからだけではない。むしろ政府や官僚らの思惑が大きく働いたからで、維新の本音はあくまでも伊丹の廃止だったはずだ。それが困ったときだけ伊丹空港に頼るというのは、ご都合主義もはなはだしい。

  9日からは大阪を離れ、万博誘致活動のため欧州を訪れる松井知事。大阪府民の安全よりも選挙とイベントにしか関心のない人物が、果たして大阪府のトップにふさわしいのかどうか。府民もいい加減、このデタラメぶりに気がつかないと、いずれ大阪は関空のように機能不全に陥ってしまうだろう。
 
 

|

2018年9月 6日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

法律や数字では解説しそうもない
‐中央省庁の障害者雇用水増し問題‐

  この件に関しては、どうしてもこの人の考えが聞きたくて一夜、グラスを重ねた。5歳のとき両目の光を失って全盲に。いまは都心のIT関係の会社に勤め、月に一度は私としたたか飲んで、吉祥寺まで白杖を頼りにスタスタ帰る、本人いわく、百戦錬磨の障害者、服部新兵さん(46)だ。

  いうまでもなく「この件」とは、法で義務づけられた障害者の雇用を実に27の中央省庁が水増し、6900人のうち半数が障害者ではなかったという一件だ。

  服部さんは、雇う方も雇われる方も、まず最初にこの障害者だったらどんな仕事ができるのか、そこにばかり目が行ってしまう、それが大間違いだという。

  「ぼくたちですと、まず鍼灸師の資格を取らせる。でも朝、目が覚めたら鍼灸院にいるなんてことはないんです。自分で身支度をしてつえを頼りに電車に乗って、鍼灸院に行って、はじめて働いたことになるのです」

  車いすの人は1人で満員電車に乗り込み、知的障害の方は乗り継ぎもしっかり覚え、精神障害者はギュウヅメの車内でもパニックを起こさない。そうやって職場を往復してこそ、雇い、雇われたことなる。
 
  「障害者はドローンに乗っかって職場にやってくるわけではないのです」

  この問題、どうやら法律や数字では解決しそうもない。原点に返って考え直す必要がありそうだ。

  折しも服部さんと飲んだ夜、東京は雷鳴とどろく強烈な雨。落雷で吉祥寺まで帰る井の頭線はストップしてしまった。だけど、こんなときJR中央線なら動いていると考える障害者や雇用主は大間違いだという。

  「慣れない路線の、しかも何時間も待たされて殺気だった乗客の渦に巻き込まれる。そういう状況こそ、障害者にとっては何よりも危険。ぼくだってパニックになるかもしれませんし、雇用主は絶対にやらせてはならないことなんです」

  そういうこともわかり合えないまま、政府は各省庁に再発防止を厳命したという。この先、障害者はどんな働き方になるのだろうか。

  深夜、服部さんから「井の頭線の復旧を待って、いま自宅に帰り着きました。ご安心を」というメールが入った。

  服部さんがドローンに乗って吉祥寺に帰り着いたわけではないことは確かだ

(2018年9月4日掲載) 

|

2018年8月31日 (金)

Webコラム 吉富有治

ますますブラック企業化する大阪市
ご乱心の吉村市長に専門家も苦言

  大阪市の吉村洋文市長が教育問題で筋違いな発言をし、教育関係者や市民などから猛反発を受けて収拾がつかなくなっている。

  事の発端は8月2日の記者会見。文科省などが実施する「全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)」の結果が7月31日に公表され、その中で大阪市が昨年度に続いて総合成績が政令市で最下位になったことだ。

  頭に血が上った吉村市長、「抜本的な改革が必要だ」「強い危機感を抱いている」と会見では怒った様子。学力テストに具体的な数値目標を設定し、達成できない校長や教員のボーナスなどを減らす人事評価を導入するなどと言い出した。ところが、市長に賛同する声より批判の方がはるかに多かったから、さあ大変。

  林芳正文科相は翌日3日の記者会見で、「調査で把握できるのは学力の一側面であることを踏まえ、適切に検討いただきたい」と吉村市長に釘を差し、教育現場や市民からは発言の撤回を求める署名運動がいまも継続中だ。また、「夜回り先生」で知られる水谷修さんからは「大阪の子の学力の背景に家庭や貧困の問題があるのは明白だ。十分な対策を講じてきたと言うなら、その成果が上がっていないということだ」と批判され、吉村市長に公開討論を求めている。

  ところが、これで市長が反省したと思ったら大間違い。最近では、市長の対応を批判した8月28日付けの朝日新聞社説「大阪市長 学力調査を乱用するな」に吉村市長は同日、ツイッターで噛みついた。まだまだ自説を曲げる気配はなさそうだ。

  ノルマが達成できなかったのは社員が悪いからで、だったらルールをより厳しくして社員を締めつけるしかない。ノルマ達成者にはボーナスや昇給などの褒美を与え、未達成者は減給かクビにする―。

  吉村市長が言っていることは、原因と結果を冷静に検証せぬまま精神論で乗り切ろうとする、どこぞのブラック企業と本質的に変わらない。そもそも教師を教育基本条例などで締めつけ、教員志望の優秀な大学生を大阪市から遠ざけたのはどこの政党なのか。教員のやる気を削いでおきながら教員にノルマを課す吉村市長のやり方は、まったくもって本末転倒と呼ぶ以外にないだろう。

  また、吉村市長は「結果に対して責任を負う制度に変える」「予算権をフルに使って意識改革をしたい」などと発言しているが、これは予算権を盾にした教育行政への政治介入ではないのか。「結果に対して責任を負う制度に変える」というのなら、多額の予算を使っても学力向上を達成できなかった吉村市政の結果責任を、まずは問わねばならないはずだ。

  教育学者の簑輪欣房さん(育英大学教育学部)は自身の論文『全国学力調査結果上位県の教育の考察』(東京福祉大学・大学院紀要 第7巻 第2号 2017年3月)の中で、ここ数年、学力の上位校と下位校は固定化しており、その差はどこにあるかを考察している。以下、結論のポイントのみを紹介すると、

  すなわち、「全国学力・学習状況調査において高い成果を挙げてきた県は、共通した要因」があるとして、それは「①教員の授業力向上に対する教育行政の積極的で計画的な指導や支援、②学校の外部の組織・団体の積極的な働きかけと研究活動の推進、③学校における管理職と教員の協力関係と熱心な取組、④児童生徒の素直さとまじめさ、⑤家庭の安定と家庭の教育力の均質な高さ、⑥厳しい自然を生き抜く勤勉で連帯感のある地域や風土がある」と指摘。生徒の学力は家庭環境や通塾の度合い、また生徒と教師の信頼関係など様々な要因が関係しているものの、多くは「学校教育の成果」だと結論づけている。

  この「学校教育の成果」を生み出すものとは、当然ながら行政トップが予算権を盾にして校長や教員を恣意的に操ることではないだろう。「成果」の背景にあるのは学校現場の熱意と積極性、創意工夫であり、それはボーナスや人事などで教員をコントロールしようとするものとは対極を成すものである。結局、生徒の学力を上げるには地域社会を含む総合的な取り組みが必要なのだ。

  残念ながら大阪市は貧困家庭が多く、生活保護世帯も少なくない。これらが生徒の学力向上を妨げる一因になっているのは否定できない。だとしたら、吉村市長が行政トップとしてやるべきことは、教員のボーナスや人事をチラつかせて教育現場に口をはむことではない。大阪市の貧困問題をどう解決するかが市長に課せられた急務の仕事のはずなのだ。

  ますますブラック都市へと突き進む大阪市。「強い危機感」を持たねばならないのは吉村市長ではなく、ブラック化の中で仕事と生活をしなければならない大阪市の教育関係者や市民の側だろう。

|

2018年8月30日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

五輪ホスト国がこれでいいのか
‐バスケ日本代表買春行為‐

  新聞、テレビ、雑誌からコメントを求められるのも大事な仕事である。ただ、たいていは国内で起きた事件、事故、災害についてだが、それが「いまジャカルタにいるんです。この件で、ぜひとも大谷さんの考えを聞きたくて」と電話がかかって、ちょっとびっくり。

  中日新聞のバンコク特派員で、いまアジア大会の応援にきているという。「水泳やバドミントン、日本のメダルラッシュに水を差すわけではないのですが、あのバスケットの買春4選手の問題、日本国内はともかく現地インドネシアに対して、あの対応でいいのか、気になるのです」

  バスケットボール日本代表の4選手が試合後、ジャカルタの歓楽街、ブロックMに出かけ、現地の女性を相手に買春行為をしたとして、日本選手団の認定を取り消され、翌日、帰国した不祥事。

  「あそこは警察も知っているそういうエリアです。ただ、そうであっても、ジャカルタ特別州条例で買春行為は禁錮刑または罰金となっています。日本代表にあるまじき行為だ、即刻帰国、でいいのでしょうか」

  記者の声を聞きながら事態発覚後の関係者の言葉を思い起こしていた。「公式ウエアで出かけて選手団行動規範に外れた行為」で「日本国民の期待を裏切った」(山下選手団団長)「日の丸を胸にした選手の行動ではない」(三屋裕子日本バスケットボール協会会長)

  そこには、インドネシアもジャカルタも出てこない。たしかにアジアに限らず、中南米など発展途上国では、そうしたことで生きていく女性がいる。だが、国民の86%が戒律厳しいイスラム教徒というインドネシアでは、それを悲しい光景と受け止めている人が大半だ。

  記者は、警察が捜査するかはともかくとして、ジャカルタの法規を犯したことを申し出たあとで帰国させるべきだったのではないかという。

  すっかり長くなった電話。私は、まず大会を心待ちにしていた2億6000万インドネシア国民と、OCA(アジア・オリンピック評議会)に心からおわびするべきだったのではないか、とコメントさせもらった。

  「日本代表」「日の丸を背負って」の報道ばかりが目につくなか、「2年後、東京五輪のホスト国になる日本がこれでいいのかと思いまして」という記者の声が、いまも耳に残っている。

(2018年8月28日掲載)

|

2018年8月23日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

「気をつけろ」戒め 語り継がれているか?
-留置場から容疑者逃走-

  今週は終戦の日に合わせて取材したテーマにふれるつもりだったが、そうは言っていられない。大阪府警富田林署の留置場に強盗や強制性交罪で逮捕勾留中だった樋田淳也容疑者(30)が逃走してすでに9日たつ。

  私は逃走発覚直後から、富田林署長をはじめ府警幹部から事情説明と謝罪がないのはどういうことだ、と語気を強めていたが、発生から3日後に紙1枚のコメントを出しただけだった広田耕一本部長は、昨日になって、府民に不安を与えていることを公式におわびした。だけど不安は、樋田容疑者の犯行が疑われるひったくりやバイク、自転車盗で、すでに現実のものになっているではないか。面会室のブザーの電池だけでなく、いまの警察組織に何かが抜けている気がしてならない。

  「気をつけろ! こいつは飛ぶぞ!」。若い警察官だけでなく、私たち事件記者の耳にも古参刑事のこんな胴間声が残っている。「飛ぶ」は、もちろん「逃走、脱走」するという意味。調べ室に入れたときにさりげなく格子の間隔を見る。署の裏庭の塀の高さを目で量る。護送時の署員の配置を気にする。被疑者のこれらの動作が古参刑事の勘を刺激して、「気をつけろ」の声になり、私たち事件記者までピリッとさせるのだ。

  もうひとつ、ベテラン刑事の言葉がある。「飛ばす(逃がす)くらいなら、捕まえるな!」。もちろん警察官の仕事は凶悪犯をはじめ窃盗犯、振り込め詐欺グループ、悪いやつを捕まえるのが仕事だ。それが「捕まえるな!」とは尋常ではない。だが、この言葉には捕まえた犯人を逃がすことが、どれほど市民を不安に陥れるか。警察組織にとって、どれほど恥と思わなければならないことなのか、その戒めが込められている。

  部外者の事件記者の髄にまで染み込んだこの言葉、若い警察官だけでなく、果たして刑事たちにも語り継がれているのだろうか。全国28万警察官の、実に7割が平成以降の拝命と聞く。ただ、世代交代の波はひとり警察組織だけに押し寄せているものではない。先輩たちが、こけつまろびつ身につけてきたことがらは、いま後輩たちの中に脈々と生きているのだろうか。

  紙1枚のコメントではない、「気をつけろ!」の野太い声を、もう1度さまざまな組織に鳴り響かせたい。

(2018年8月21日掲載)

|

2018年8月16日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

それでも彼はやっている?
‐今市女児殺害 2審は印象有罪誘導‐

  判決を聞いて、痴漢冤罪事件をテーマにした周防正行監督の映画、「それでもボクはやってない」を思い起こした。少し前のことになるが、東京高裁の藤井敏明裁判長は、2005年12月1日、栃木県今市市(現・日光市)で小学1年生の女児が殺害され、翌2日茨城県常陸大宮市の山中で遺体が見つかった事件で一審、東京地裁の無期懲役の判決を破棄、改めて無期懲役を言い渡すという、くるんと回って元に着地したような判断を示した。

  この判決についてメディアはこぞって、1審裁判員裁判で有罪の決め手ともなった取り調べの録画映像について高裁が「主観に左右される可能性が否定できない」と厳しい判断を示したことを取り上げ、新聞の社説も「取り調べ映像 『印象有罪』の制御が必要」(毎日)など、冤罪防止のために導入された録音、録画がじつはもろ刃の剣であると警鐘を鳴らしている。

  だが私は、この判決とメディアの論調がじつは重大な事実から目をそらさせ、「印象有罪」に誘導しているように思えてならない。

  たとえば犯罪事実で「いつ」「どこで」は絶対に欠かせない要件だが、1審では「12月2日午前4時ごろ」「常陸大宮市の林道で殺害」となっていたものの、それではあらゆるところでつじつまが合わなくなってしまうとみた検察・警察は、なんと「「女児の行方不明から遺体発見までの間」「栃木、茨城県内か、その周辺」と、何から何までグーンと広げたむちゃくちゃな訴因変更。

  さすがにこんなものは認められないと思っていたら、高裁はなんと「然るべし」。これで勝又被告はアリバイ主張の手足を完全にもがれてしまったのだ。

  重大なことはまだある。物証がゼロのなか、女児の遺体から第三者のDNA型が検出されてしまった。すると高裁は、法廷で茨城県警の鑑識課員が「キットを水洗いして再利用するなど、問題があった」と証言したことなどを根拠に「捜査過程で他者のDNA型が混入する可能性はあった」。

  取り調べ映像の是非はともかくとして、犯行の「いつ」「どこで」は雲をつかむような話。加えて女児の遺体からは、勝又被告とはまったく別人のDNA型。

  あらためて藤井裁判長に問いたい。「それでも彼はやっている」のですか。

(2018年8月14日掲載)

|

2018年8月 9日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

許しがたい 権力かざし選手抑え込む組織
‐ボクシング連盟 告発状に思う‐

  ボクシングの取材というと、はるか四半世紀も前のことになる。1992年夏、宮崎県で行われたインターハイ(高校総体)。東京朝鮮高級学校が東京都大会で優勝していたのに、出場したのは2位になった別の私立校だった。当時の高体連は朝鮮初中高級学校を学校と認めていなかったのだ。

  だけど、このときの朝鮮学校の生徒、先生は悔しいけどメソメソしていなかった。よし、だったら夏合宿をかねて宮崎に行って都の代表校を応援しよう。そうしたら、ぼくらの全国でのレベルもわかるはずだ。

  宮崎では自分たちが負かした選手を応援し、勝てば一緒に肩を組んだ。そんな彼らとともにすごした楽しい取材。高体連がインターハイの全種目に朝鮮学校の出場を認めたのはその数年後だった。

  この取材で監督やコーチから何度も聞かされた言葉は、ボクシングほどメンタルが大事な競技はない。リングに上がれば、たったひとり。闘うのは相手ではなく自分自身。だからみんなストイックに自分を見つめ、まわりのことは目に入らない。アマ、プロ問わず、それがボクサーだという。

  だけど、それをいいことにまわりの人間が彼らの純粋さを利用し始めたらどうなるのか。およそスポーツの指導者とは言い難い振る舞いでまわりの者をかしづかせ、独特の集金マシンでカネを吸い上げる。それとてとんでもない話だが、許し難いのは、その日のためにトレーニングを積んできた選手に到底、承服しがたい判定を下し、異議を唱えればどう喝、威迫をもって泣き寝入りさせる。

  このところ私たちの報道番組も情報番組も、333人の有志から告発状が出された日本ボクシング連盟の山根明会長一色である。12項目もある告発の内容は、どれもこれもとんでもないものだ。だけど告発状の宛先である文科省、スボーツ庁、内閣府、IOCなど8団体にも上る省庁、組織はこれまで何をしていたのか。

  それにしても権力にふんぞり返り、まわりの者をかしづかせ、だれが見てもおかしなことでも黒を白と言い倒す。そんな姿は、この国では果たしてボクシング連盟だけのものだろうか。

  代表の座を持っていかれた相手選手を声をからして応援していた若者たちの瞳が、まぶしく思い出される猛暑の夏である。

(2018年8月7日掲載)

|

2018年8月 2日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

殺人事件の半数超が親族間
‐ 治安の良い日本だけど… ‐

  少し和らいだとはいえ、猛暑、極暑の夏。先週はテレビニュースも「暑っつ~い」一色。そんなとき私がコメントすることが多い事件の方も、被害者にはお気の毒だが、なんだか肌にべたつくような不可解、やりきれないものが多い。

  茨城県取手市で母親(63)と銀行員の息子(36)が、息子の妻の遺体を一緒になって自宅の敷地に埋めたとして逮捕された。同じく茨城・かすみがうら市では、アパートのクローゼットに33歳の夫の遺体をコンクリート詰めにして放置した44歳の妻が逮捕された。

  三重県鈴鹿市では25歳の男性が車の中で殺害されていた事件で、45歳のスナック経営の妻と交際相手の29歳の男が逮捕された。いずれも逮捕容疑は死体遺棄だが、殺人容疑に切り替わるのは間違いない。

  こうした事件を報道しながら私は「54・3% 」という数字を出させてもらった。警察庁が先日、2018年版警察白書を公表。昨年認知された刑法犯は91万5111件で、戦後初めて100万件を下回った前年より、さらに減っていることが明らかになった。殺人のような凶悪犯も減り続け、1億2000万人を超える国で殺人事件の被害者は一貫して300人台。世界各国から見たら信じられない治安のよさとなっている。

  なのに、この数字には「だけど」が付くのだ。

  昨年度の速報値は出ていないが、2016年でみると、殺人事件のじつに54・3%が夫婦、親子、兄弟といった親族間なのだ。これは一昨年に限らず、ここ十数年、常に親族殺が殺人事件の半数を占めている。

  なぜなのか。司法関係者も犯罪学者も頭を抱えるところだが、ひとつには「血は水よりも濃し」。他国に比べて家族親族の結びつきがより熱く、強い。だけどそれがひとたびこじれると、すさまじい憎悪嫌悪となって事件に発展するのではないかといわれている。

  それにしても愛し合い、抱きしめ合い、支え合うはずの夫婦、親子、兄弟が殺人の半数を占めるとは…。

  折しも下重暁子さんの著書、「家族という病」「夫婦という他人」がベストセラーになっているとか。家族、夫婦を少しばかりクールダウンしてながめてみる。それも暑っつ~い夏の、ひとつのすごし方という気もしてくるのだが─。

(2018年7月31日掲載)
 

|

2018年7月26日 (木)

日刊スポーツ「フラッシュアップ」 大谷昭宏

もしW杯に空手のルールがあれば
‐日本のボール回しにオランダから便り‐

  きょう7月24日は2年後の東京オリンピックの開会式の日である。スポーツ全般を見ると、野球は日米ともにオールスター戦が終わって後半戦。サッカーはW杯ロシア大会が閉幕、Jリーグが再開された。そんな折り返し点に、ふと、スポーツについてあれこれ思う。

  悲願かなって東京五輪から競技種目となった空手一筋、私とは40年来のおつき合いになるオランダ在住の今野充昭さんから〈前回の東京五輪で外国人初の柔道金メダリスト、アントン・ヘーシンクIOC元委員(故人)の秘書を務められていたマールティンさんとのやりとりです〉として興味深いメールが届いた。
 
  〈サッカーW杯で日本が決勝トーナメント進出を決め、マールティンさんから「おめでとう!」のメールが入ったとき、気になったことがあってやりとりしたのです〉

  「気になったこと」とは、もちろんポーランドに日本が0ー1で負けていたのに終了10分前からボール回しで時間稼ぎ、決勝トーナメント進出を決めた、あの件である。

  〈空手の大会では1‐1や2‐2で引き分けた場合は、先取点を取っていた選手が勝ちとなります。ただ、引き分けでも「勝てる」と判断した選手が、そのために戦いを逃げたり、時間稼ぎをしたときは、その優先権は取り消しとなります。その結果、引き分けとなった場合は5人の審判の旗判定となるのですが、流れとしては逆に時間稼ぎをした選手が不利となる時があります。サッカーW杯にも空手のようなルールがあれば、ボール回しはどのチームもできなくなる訳です〉

  今野さんはマールティンさんとのやりとりのなかで、スポーツは他競技のルールを比較参照することでより改善されていくのでは、という結論になったという。

  〈ルールといえば日本の剣道のように「一本」のあとガッツポーズをすると、その一本は取り消される競技もあります。剣道でなくても審判に食ってかかるなんて日本の武道競技では切腹に等しい行為です。とは言っても、サッカーで選手が審判に怒鳴るのも、本物の怒りとジェスチャーにすぎないものとがあって、この見極めもおもしろいです〉 な?るほど、競技もいろいろ、ルールもいろいろ。シーズン後半、今野さんにスポーツの、もう1つの楽しみ方を教えてもらった。

(2018年7月24日掲載)

|

«Webコラム 吉富有治